仕事を辞めた時のこと
仕事を辞めて、少し時間が経った。
毎日必死に働いていた頃は、「辞めたあとに何を思うか」なんて考える余裕はなかったと思う。
辞めるきっかけは家庭の都合だ。
正直に言えば、この理由でなら後腐れなく、この職場から離れられると思った部分もあった。
退職前の状況
いわゆる中間の立場になり、ようやく自分のしたい仕事をうまく進められるようになっていた。
説明ができるようになり、承認ももらいやすくなり、信頼もされていたと思う。
その一方で、上からはどんどん仕事を任され、部下には「まだ難しくてできない」などという理由で仕事が集まってくる。
気づけば、仕事量は明らかに限界を超えていた。
家庭では母という立場がある。
保育園のお迎えのタイムリミットに加えて、医療的ケアの必要な子どもの送迎受け入れという、もう一つの時間制限もあった。
限られた時間の中で任された仕事をこなすために、私は本当に無駄なく働いていたと思う。
「これ、どうなってる?」と聞かれることはあっても、大きな抜け漏れなく、優先順位を考えながら回していた。
少なくとも、その時の自分なりには、できることはやっていた。
怒涛の毎日の中で
ただ、その代わりに削っていたものがあった。
私が本当は大切にしていた、コミュニケーションや、双方の納得、フォローやケアの部分だ。
最低限はやっていたつもりでも、「これで大丈夫だったかな」と後から気になることが増え、フラストレーションを抱えていた。
職場を出れば、すぐに「お母さん」の役割が待っている。
タスクは多く、自分の時間はほとんどない、体力回復のために夜は早く寝たい。
保育園や小学校、医療的ケアのある子どもが通う事業所との連絡などもあり、毎日は怒涛だった。
退職後、徐々にできていなかったことに取り組むように
辞めて時間が経ち、忙しさの中で捨てていたケアの部分に、ようやく目が向くようになった。
家をきれいに保つこと。
何気ない連絡にきちんと返すこと。
当たり前のようで、ずっとできていなかったことばかりだ。
働いていたころは、来た連絡にはすぐ既読をつけず、急ぐものだけ対応する。
そうでないものは、相手に失礼にならない程度に、気づいていないふりをして後回しにする。
必要な判断だったと思っているけれど、「すぐに読んで、返せる」という人としての当たり前を手放していたのも事実だ。
また、医療的ケアの必要な子どもに関わってくれる方々には、本当に良くしてもらっている。
だからこそ、余裕がなくて十分に向き合えていない自分に、ずっと後ろめたさがあった。
向き合いたい気持ちはあるのに、毎日のやり取りをこなすだけで精一杯で、感情を向ける余白がなかった。
何にも、ちゃんとやれていない自分がイヤだった。
それでも、「仕方がない」と言い聞かせていたのも本音だ。
医療的ケアのある子どもについて
第二子は、生まれてすぐ医療的ケアが必要になった。
それでも家の経済状況などを考えると、仕事を辞めるという選択肢はなかった。
医療的ケアのある子どもを育てながら働くということは、
「頑張れば何とかなる」という話ではない場面が、確実に存在する。
預けられる時間、対応できる人、急な体調変化。
どれも自分の努力だけではどうにもならない条件だった。
それでも「共働き」を実現するためになんとか模索して、夫をはじめ、たくさんの事業所や人に支えられ、働くことができていた。
今回仕事を辞めることになった理由は、家庭環境の変化により、その子を預けられる時間帯に、どうしても限界があったからだ。
(話は逸れて)医療的ケア児の保育園入園申込(回想)
第二子育休終了の当時は、医療的ケア児であることで、保育園の入園はやんわり断られた。
看護師が配置されている保育園へ申し込んだ。
入園に関する打ち合わせという名目で、市役所の会議室に呼び出され、市役所の関連する各部署の人たちとの面談があった。
成長の度合い、必要なケアなどを聞かれ、「お母さんも無理して働かず、お家で一緒に過ごしてはどうでしょうか」みたいなことを言われ、
「それは入園できないということでしょうか?」と聞くと、「今回は・・・」とやんわり断られた。
悔しくて涙が出た。
第二子は、医療的ケアはあっても、状態は安定して過ごすことができていた。
保育園に入園できない理由がわからなかった。
「病気のある子どもを産んでも、普通に働ける社会になればいいなと思います」と捨て台詞を吐いたことを覚えている。
その後、なんとか方法を模索して職場復帰を果たすことができた。
結果として、今お世話になっている事業所など、たくさんの出会いに恵まれた。
保育園に入園する選択肢しかないと思っていた当時の自分にとって、世界が広がったのは間違いないことだ。
(話は戻って)退職の理由
健常の子どもだけなら、もう少し無理がきいたかもしれない。
でも、保育園のように早朝から預かってもらえたり、延長保育があったりする環境ではない中で、働き続けることは現実的ではなかった。
医療的ケアのある子を持つ親として、
「普通に働くことも許されないのか」という感情は、今でも確かにある。
社会からこぼれ落ちてしまったように感じる瞬間も、正直ある。
それでも、その子がいたからこそ、私は仕事を辞めるという決断ができた。
限界まで無理を重ねるのではなく、
自分が大切にしたい関わり方を、もう一度取り戻すための選択だった。
仕事を辞めてからの生活
仕事を辞めてから、家族との時間が増えた。
第一子からは、「朝、険しい顔のママじゃなくなった」と言われた。
子どもたちは以前よりもたくさん話しかけてくるようになり、「聞いて聞いて」が増えた。
正直うるさいと思うこともあるけれど、それでも可愛いと感じている。
こんなに話したいことがあったんだなとも感じる。
仕事を辞めて気がついたこと
仕事を辞めて気づいたのは、
私は「成果」だけでなく、人との関わり方や、余白、丁寧さを大切にしたい人間だった、ということだ。
今はまだ、これからどうするかの答えは出ていない。
ただ、働くことを手放したことで、自分が何を大切にして生きたいのかが、ようやく見えるようになった。
この続きについては、また別の記事で書いていこうと思う。
